2025-06-01から1ヶ月間の記事一覧

普遍戦争⑬ 形相編

プラトンは形相とはイデアであると考え、その形相をエイドスと呼んだ。 質料はヒュレーと呼んだ。形相(エイドス)と質料(ヒュレー)のどちらを本質とするかについては質料(ヒュレー)を本質と捉えた。本質存在は本質を質料とした存在であろう。 アリスト…

普遍戦争⑫

人間全般という語はどこからどこまで指示されうるのであろうか。 人間全般という語は人間全体を指示することがあり、日本人や中国にいる人間をも指示する。ジャングルにいる人間が人間一般でなくても、人間全体に含まれる。 人間全般には人間一般をも包摂す…

歓待について ②

移住者を受け入れるその「瞬間」こそ相互承認の場になることも懸念される。 移住者は目的を持って移住を目指していることはたしかであり、その目的が移住者とつり合いがとれる目的であるならば、こちら側から応援しようとすることも懸念される。 以下に移住…

ブッダと釈迦

2024/11/25 5:53 ブッダという言葉は ”目覚めた人” を意味する一般名詞ですが、 仏教用語におけるブッダは厳密には ”自力で悟りを開いて、かつ、教えを広めた人” を意味しますし、そうシンプルな説明で済むような話ではありません。 まず、東南アジアを中心…

お釈迦様は架空の人物だった!?

お釈迦様は過去に存在しませんでした。悟ってもいないし、色即是空を説いたわけでもない。偽りの仏典を偽仏典、偽典とも言います。お釈迦様はいなかったのです。 偽仏典の中でお釈迦様がいたかのように語られています。お釈迦様が「あの世」を説かなかった、…

釈迦の教え 色即是空

2021/12/19 11:29 般若心経は「空(クウ)」について記述した経典ですが死後について記述した経典でもあります。経典に「色即是空・空即是色」と書いてあります。「色」とは「目に見えるもの」であり、「空」は実体が無いという意味ですが、見えない物質でで…

学なるもの

私たち現代人は、学び、吸収し、理解し、進んでいるかのように見えます。 しかし、学んでもなく、吸収することもなく、理解するわけでもなく、進歩することがないというのが現実です。学校で学んでも役に立つわけでもないし、ぼーっとしていて吸収するわけで…

デリダ 歓待について

海外勢が日本に移り住むことは一見危ない印象を受ける。 海外ではディベートに各個人が進んで参加する、というあり様だよな。 アメリカでは銃を家においてもよいとされている、ふむむ、。 危険な香りがするこの移住という言葉。簡単に認めてもいいんだろうか…

フレーゲ 宵と明けの明星

フレーゲは言語には「意味と意義」があることを認めつつ、指示対象と呼ばれる概念を発見した。 フレーゲは量化表現の不都合性を解決すべく、思慮を重ねましたが、解決に至らぬままこの世を去った。 しかし、フレーゲは言語には「指示対象」が関与しているこ…

禅的哲学 様より 差延と矛盾的自己同一

差延と矛盾的自己同一2019-01-02 05:37:59 | 哲学この世界は無常である。一瞬たりとも静止することはない。だから、特定の固定された形というものも存在しない。しかし言葉は世界を静止させる。ゆえに龍樹は言葉を否定するのである。 ショパンの美しい調べを…

禅的哲学 様より 経験あって個人ある (1)

経験あって個人ある (1)2019-10-19 05:13:29 | 哲学 「個人あって経験あるにあらず,経験あって個人あるのである 。」というのは、「善の研究」における西田幾多郎の一節である。倉田百三はこの言葉に感涙したという。ここで言う「経験」は、日常的な意味…

普遍論争

「一般」と「普遍」の差異について、考えていきたい。 「一般人」という語は、普遍的な民衆のことであろう。 普遍人とは言わない。普遍的民衆という言い方ならあり得る。 「一般人」と普遍的民衆は同じ対象を指すかもしれないが、後者は堅苦しい表現である。…

普遍論争

カント以前でカテゴリーと言えばアリストテレスが有名で、アリストテレスは「実体」「量」「性質」「関係」「場所」「時間」「位置」「状態」「能動」「受動」の10のカテゴリーを考えました。しかしカントはこれは単なる概念の寄せ集めで網羅的でないと考…

普遍論争

プラトンはイデアが本質存在でありアリストテレスの現実存在より優位なものと主張した。アリストテレスはこれを受けて普遍は名にすぎないという唯名論を主張し、プラトンに勝利したとされている。イデアはただの言葉にすぎない、とも言われ、現実存在のほう…

西田とヘーゲル

西田哲学の発展として同一性の非同一性の同一性というものがある。 ヘーゲルは『非同一性の同一性』という相異なる概念同士を統合したものを構想した。弁証法的に定概念と別の概念とを統合し、正反合ないし正々反合の構成を企図し、合の導出がヘーゲルの課題…

普遍論争

形相という概念に包摂されそうな純粋形相というものは時折見かけるのかもしれない。純粋形相というものはない、と批判的な的になることがあった。しかし純粋形相を、神、すなわち不動の動者と視る傾向があり、高級な存在をその位置においた。 純粋形相という…

レヴィナス哲学

レヴィナスは主語から「隔たり」のある非対象性のイマージュをイリヤと称した。 イリヤには特定されていない側面があり、非限定的な側面がある。若い方は歯が丈夫だ、というとき、歯が丈夫でない若い方というイリヤを含めない。いわば曖昧性の存在表現がイリ…

普遍論争

人間は種である、と言われる。しかし実際は人間はヒト科の存在であり、単に種である、とは言えない。"人間はある種に分類された存在である"と、厳密にはこのように説明するべきであろう。 人間が種である、と誤記すると、そこには普遍的な意味合いが具わって…

ハイデガー 本来的了解

(解釈) ハイデガーは、了解性を本来的了解と非本来的了解に分節した。自己の行為による結果を本来的に了解できるか、不満であって非本来的に了解するか、吟味してもよいであろう。 ハイデガーは、本来的了解をみずからの合目的に適う出来事が実現化したと…

道徳と倫理④

14歳からの哲学でお馴染みの、池田晶子の定義が、個人的には最もしっくりくる。『道徳と倫理との違いとは、単純明快、強制と自由との違いである。「してはいけないからしない」、これは道徳であり、「したくないからしない」、これが倫理である。「罰せられ…

フーコー ゲイについて

フーコーは生前に、わたしたちは同性愛者ではなく懸命に(命を懸けて)ゲイになるべきだという趣旨の発言をしたり、ゲイであることを新たな人間関係の演算子(operator)にするという趣旨の発言を残していました。彼の発言は、さきほどあなたが述べたOOD汎化の観…

普遍論争

ソクラテスのこのもの性を、便宜的にソクラテス性と称することができよう。 ソクラテス性においては、現在と過去のソクラテスを含めて人間のソクラテス、そしてカルガモの透明人間のソクラテス、という二種類の生命態があることが懸念される。 実在論 (reali…

センス論 スキルより大切なもの

センスの良し悪しとしては、得意分野でセンス力を高めることが懸念される。 ドラムを叩く技術、すなわちテクネ―を高めていくことが肝要であろう。 センスを磨くということは何らかの技術的な向上ではないか。 しかし木を磨くことは質的向上と言えよう。 木を…

人間知性論

01.観念(idea): 特に説明は不要であると思う。我々が常日頃、この訳語で知られる意味とそう大差はない。ただし、ロックにおいては人間の知性が観念を得る場合(正確には単純・・観念)、2つのルートがあるとされる。一つが感覚であり、もう一つが内省である。…

普遍論争

ドゥンス・スコトゥスの「このもの性」という概念がある。 そのものの性質の一帯を「このもの性」という概念で説明する。 ドゥンス・スコトゥスがこの個体をこのものたらしめる個体化の根源を「このもの性」と呼ぶとき、そこで理解されているのは種的な本性…

存在とは ③

在るものが行為している。※1 これを言い換えると「行為しているものが在る」、となる。 どちらも行為していることに変わりはない。 「在るものが行為者である」、こうした意見もある。 行為者が在る、という意見もある。 どちらも行為者の存在を際立てている…

普遍論争

生物、という言葉があるが、人間も生物であり、アメーバも生物である。 これは普遍的な概念である。猫も鳥も生物である。 生物、と発言するとき、これは主語か述語かが問題である。 アメーバは生物である、と言うとき、すべてのアメーバが生物というものに含…

普遍論争

陸上選手はたくさんいる、という命題があるとき、これが意図するところは普遍性の定言である。陸上選手は、という切り口で話すとき、個人的感覚もあるが総合的感覚も懸念される。陸上選手という個人にも対象としているし、厳密には陸上選手の総体を対象とす…

普遍論争

ソクラテスと固有名詞で呼べば個別化することは可能であろう。 ソクラテスと名の付く生命体は人間である、という命題があるとき、これはソクラテスと名の付く生命体全体を指している。特定のソクラテスが人間であるという命題があるときと同じく個別化は図ら…