2025-09-01から1ヶ月間の記事一覧
世代記憶という先祖との接点に関する記憶があると記憶論では語られうると考える私は、社会的な広場で関係を持つ際に保持される社会的記憶も記憶論で語られうると考える。 ・エピソード記憶 エピソードを認識することで記憶に留める作用がある。 ・文化的記憶…
デカルトは自然な感情と受動的情念を区別する。外を眺めていてお星さまが綺麗だ、と感情に浸るのは自然な感情であり、隣にいる人が「がはは」と笑うと受動的に「騒がしいなあ」と情念を抱く。あるいは、驚くという情念を抱く。 能動的想像といって自らイメー…
信仰心を養う方法を美学と呼びます。 信仰心を美学的に考えてみます。 ・家族で教会(拠点)に参拝する ・朝な夕な事々一切徹底に感謝をする ・朝のお参りと夜のお参りを拝誦する ・信仰を口で説く ・信仰心を高める読書をする ・神様を大切に想う ・仏様を…
神に対する信仰と仏に対する信仰がある。神に対する信仰は決してなまはんかな気持ちで行ってはならない。仏に対する信仰はほどほどにした方がよい。 仏を信じること、仏の教えを信じることは仏教に説かれている。南無阿弥陀仏とは仏を信じるということである…
鳥→りんご→ゴリラ→ラット→鳥→りんご こうした流れを循環系列と呼ぶ。無限に繋がってしまうことから無限系列とも呼ぶ。 Aさん「金を盗んだだろ」 Bさん「盗んでませんが」 Aさん「お前は悪い奴だ。盗んだだろ」 Bさん「悪くないですよね」 Aさん「盗んだだろ…
信仰には7種類あると考えていきたい。 一、理性的信仰 理性的になって、パスカルの賭けを見倣って神は存在すると信仰すること 二、感官信仰 神を愛するゆえに信仰すること 三、低俗的な信仰 神はいるけど俺も神だと威張る状態 四、不完全な信仰 信仰するとい…
欲望に振り回されず、自分の内の道徳法則にしたがって行為することを自律と呼ぶ。この自律とは個人の自由であり、他者の自律による自由と相等しいものとは限らない。自由の程度の差こそカントの所見であろう。カントは自律こそが自由と考えたが、スピノザは…
冷査とは冷静に審査・調査することを指す。冷静に審査するうえで真剣芯が大事な要素となる。真剣芯の基盤となるのは意志である。力への意志における真剣芯は力を獲得するために多大に効果を発揮する。
相手のためにモノを自ら贈与することで、相手は喜びとともに負い目を感じる、これが贈与の基本である。負い目を感じる受贈者は返礼義務を感じる。受贈者の中には等価交換を目指す者も存在する。この等価交換というのは第三者から見ると虚しい出来事のように…
偶然性のある出来事の印象度が強いとき、強い偶然と呼ぶ。 これに比して偶然的印象の弱い出来事を弱い偶然と呼ぶ。 例えば、東京ディズニーランドに行ったら偶然、白雪姫に出会ったというもの。これに対し弱い印象を受けたら弱い偶然であり、強い印象を受け…
ア・プリオリの中で、神が即時的・即自的に存在することを印象の強さ・感じから強いア・プリオリな命題と称する。 言語があらゆる命題の前提として加味される、という命題は、少し曖昧なようであるが"強い"ア・プリオリではない。この命題は当たり前でインパ…
大阪万博で展示された太陽の塔は、賛否両論があって相対的文化とされる。 レオナルド・ダ・ヴィンチの描いたモナ・リザという絵画は誰から見ても高評価をされ、絶対的文化とされる。 首飾りの少女という絵画も一定の評価がされ、絶対的文化とされる。
他者に関することといえば、第一に顔であろう。<無限性の顔>を帯びる私たちの顔は、必然的に公に晒されることになる。公の他者に向かって自己の顔を見せなければ、生活することもままならない。外国にはターバンという顔を隠すための物があるが、これは宗…
スサメド自我とは大丈夫な自我のことであり、安定して、裏切りもせず、健やかな人格を持つ。 スサメド自我に並ぶ形で、フォインターチ自我というものもある。 フォインターチ自我は勇気がある人格であり、好戦的な人格である。しかし、ここで好戦的というの…
意識とは何か。これは構成的な立場からすると「意識は何をするか」という事になる。それは凡そ以下の項目に整理されるだろう。 感じる(主観的体験、現象的意識、感情) 認識する(注意、志向性) 想像する 判断する(意思決定) 自我を持つ(メタ認知、自己…
アリストテレスは、「語られるもの」に関して二項目を設けた。 「結合によって――語られるもの」と「結合なしで――語られるもの」である。 例えば、「人間は走る」というとき、結合されて語っている。 しかし、「人間」「馬」というとき、結合なしで語っている…
言語の流通にあたっては意味や意義が言語的展開に構成されている。 太陽から見て北にある金星、という言語の意味は、宵の明星、という内容である。 スプーンがでかい、という文に意味はない。スプーンがでかい、という文はスプーンがでかいという意義がある…
第一人称や第三人称を用いて論述していこうと思う。第一人称視点とは主観的な視点であり、第三人称視点は客観的視点と定義する。 意識の生成における、第一人称的視点の対象である「Aという感じ」を記憶にとどめ、「Aという感じ」に関する事柄を志向性を以っ…
・見慣れた建物が、ふとした瞬間に別の様相で見える、そんな瞬間が楽しみである方 ・今まで普通に通るとき景色を見てきたけど、よく見ると面白い発見をした ・美的対象が美的判断される理由を理解した ・美的特徴の美的価値レベルを基準化する作業を老後行な…
絶対的労働価値とは労働時間を延長することで得られる剰余価値である。 相対的労働価値とは、生産性の向上によって得られる剰余価値である。 マルクスは剰余価値率について難解な説明をしている。マルクスの経済学はお勧めしない。可変資本と不変資本という…
ミーメーシスとは模倣を指す。テクネーは技術を指す。 アリストテレスはミーメーシスのテクネーを重視していた。プラトンはミーメーシスを重視しなかったが、テクネーは重視していた。 美的対象としての交流という模倣とは、美的活動の善と扱われることがあ…
私たちは、神、魂、不死について知ることはできない、とカントは純粋理性批判で考えた。神とは私であり、不死とは私のことであり、魂とは見えなくとも存在することが認められている節がある。 スピノザは神即自然、神は全自然であると説いた。全ては神性のあ…
よく自分は思いやりがあると思っている方がいます。みんなどれだけ思いやりがあるかは態度を見ないと分からないかもしれませんが、数値化するのも時間を要します。 今回は思いやりの度合いをアンケートで調査できないかと思い、質問を用意しました。 ・思い…
ウィトゲンシュタインは対象は独立すると言いますが、複合対象は独立しないと言います。 複合的なゴジラという怪物は、手があり、そこには強手と指があり、また尻尾があり、単純ではないと言えます。 対象は単純である、と彼は言います。複合対象は単純では…
レヴィナスはナチスに家族と共に強制収容所に監禁され、兄弟を見殺しにされた。それからレヴィナスは自分だけが命拾いしたという負い目を背負うことになった。ナチスの全体主義になすすべもない自分を嘲りいつかナチスの崩壊を信望するようになった。 迫害さ…
1. 真・善・美とは何か 真・善・美は、古代ギリシャ哲学に起源を持つ普遍的な価値観であり、人間の理想や目指すべき方向性を示す概念です。 真(Truth):真理、理性的な探究、知識や論理の追求を表す。 善(Good):道徳的価値、倫理的行為、他者との関係に…
ソクラテスは「無知の知」を説いたが、近年では「有知の知」も見られる。 「有知の知」とは、自分が何かを知っているということを知っている、というものである。 ・モンスターハンターというゲームを知っているとき モンハンというゲームを知っているという…
現象学に臨むさい、確固たる客観性を信望することがいたるところで見られる。あの人はリンゴが好き、と言ったけれど、本当はどうなのか、と疑念を持つことがある。 確固たる客観性を持とうと主観を排除したくなる気持ちもいささかなくはない。主観というもの…
以前、ドクサは信憑にほかならない、という趣旨で書いたが、実はドクサは思い込み・臆見という意味であることが判然としてきた。ドクサの意味を信憑と受け取ってしまったのは、フッサールの声や解読のさいのレター声に信憑という言葉が見られたからであった…
私たちは、現象学の見出しなり説明なりを見て、何を感じるでしょうか。この世界の詳しい分析をしている、あるいは疑念を持って真理を追究している、といったことでしょうか。 ・現象学では何を追究するか 物事のなりゆきの細かな分析、現実とイメージの具体…