2025-09-25から1日間の記事一覧
ア・プリオリの中で、神が即時的・即自的に存在することを印象の強さ・感じから強いア・プリオリな命題と称する。 言語があらゆる命題の前提として加味される、という命題は、少し曖昧なようであるが"強い"ア・プリオリではない。この命題は当たり前でインパ…
大阪万博で展示された太陽の塔は、賛否両論があって相対的文化とされる。 レオナルド・ダ・ヴィンチの描いたモナ・リザという絵画は誰から見ても高評価をされ、絶対的文化とされる。 首飾りの少女という絵画も一定の評価がされ、絶対的文化とされる。
他者に関することといえば、第一に顔であろう。<無限性の顔>を帯びる私たちの顔は、必然的に公に晒されることになる。公の他者に向かって自己の顔を見せなければ、生活することもままならない。外国にはターバンという顔を隠すための物があるが、これは宗…
スサメド自我とは大丈夫な自我のことであり、安定して、裏切りもせず、健やかな人格を持つ。 スサメド自我に並ぶ形で、フォインターチ自我というものもある。 フォインターチ自我は勇気がある人格であり、好戦的な人格である。しかし、ここで好戦的というの…
意識とは何か。これは構成的な立場からすると「意識は何をするか」という事になる。それは凡そ以下の項目に整理されるだろう。 感じる(主観的体験、現象的意識、感情) 認識する(注意、志向性) 想像する 判断する(意思決定) 自我を持つ(メタ認知、自己…
アリストテレスは、「語られるもの」に関して二項目を設けた。 「結合によって――語られるもの」と「結合なしで――語られるもの」である。 例えば、「人間は走る」というとき、結合されて語っている。 しかし、「人間」「馬」というとき、結合なしで語っている…