2026-02-01から1ヶ月間の記事一覧
赤子の好きなおもちゃを何でもあげてみる、そこから宥和が生まれる。何でも赤子に与えることが赤子の心を満たすことにつながる場合がある。赤子の疑問に思う内容に真摯に乗って応えてみることが大事である。なぜボクはいるんだろう、そういう疑問に、どうし…
平和を齎したければ悪者を減らすことが要である。明るい言葉遣い、明るい表情で心の底から楽しむことが大楽である。善い行いを善い姿勢で実践することが善の因果的帰結を生む。すべてを慈しもうという大慈大悲が平和を齎す要因となる。まずは家族の幸せを祈…
自分の体内にあるはずの純粋意識を抽出するにあたって、ひとつ補足しておこう。 それは、純粋意識の輝きというものに行き着かなくてはならないということである。 私たちの身の回りにある物体に対してどのように純粋意識は反応していたか。 そういった物と純…
自己定立(自我は自己自身を定立する): フィヒテ哲学の第一原理。自我は、何かによって作られるのではなく、能動的な意識作用(事行)によって自己自身を同一性( )として直接的に存在させる。 「私は私である」という本質への自由の表明。 世界定立(自我…
贈与にとって、一般に相互性、変換、交換、反対贈与、負債をともなわないことが本質的な条件である。 贈与を送ったつもりでも、それに応じて反贈与されてしまえば、それは交換といったものになる。この相互性がある交換において、贈与とは呼ばない相互性とな…
「作意力(さいりき)」とは、玄奘三蔵が、信心決定【通達位】するまでの道程として『成唯識論』に、四勝力(ししょうりき)の中の一つとして説かれた教えです。 四勝力(ししょうりき)とは、 1️⃣因力(いんりき) 2️⃣善友力(ぜんゆうりき) 3️⃣作意力(さ…
(4) 増上縁 (ぞうじょうえん) 以上の三縁以外の、全ての原因として考えられるものを増上と言います。したがって、その含む範囲はすこぶる広いのです。 私の運命に、積極的に力を与える場合に〖有力(うりき)増上縁〗と、私の運命を妨げないことが原因になると…
「慈悲」と「八正道」の関係について、教えて下さい。 【回答】 慈悲は、お釈迦様の教えの全般に浸透しております。 お釈迦様が説かれた最も根本的な教えである、 「四つの聖なる真理(四聖諦)」にも内在しています。 お釈迦様は、 四聖諦(ししょうたい)の真…
【回答】よく煩悩と言いますが、これは、仏教で私達の苦しみの要因としての心理的な現象を取り出したものです。唯識の「五位百法」の分析の中では、根本煩悩が六つ、更に随煩悩(枝末煩悩)の二十が教えられています。煩悩の本来の意味は「痛み、苦しみ」と…
「六根、十二処、十八界」とは、どういうものなのか、解説させて頂きます。まずは、六根(ろっこん)について、説明します。千日回峰などで、「六根清浄、六根浄・・・」と唱えて修行していらっしゃる方もいますが、この六根清浄の六根です。六根とは、眼・…
八正道とは、以下の通りです。正見(しょうけん)ー 正しい真理の理解・智慧、正しいモノの見方正思惟(しょうしゆい)ー 正しい思考正語(しょうご)ー 正しい言葉の行い正業(しょうごう)ー 正しい身体の行い正命(しょうみょう)ー 正しい仕事、生計の仕…
末那識とは阿頼耶識の上に位置づけられることが往々にしてありうる。末那識とはひがんだものである。末那識とは、ただひたすら自分に愛着し、執着して、他者を認めたがらない、我執のこころであるとされる。 修学旅行のときの記念写真を見るときに自分の姿を…
心が何かを対象とするときに、相分と見分という見方がある。 相分とは志向する対象である。 見分とは心の志向するはたらきである。 この見分をみている自分がいる。この自分を自証分という。 自証分をみている証自証分がある。 自証分と証自証分とはメタ認知…
慈・悲・喜・捨という四種の各無量心を四無量心と称します。 慈無量心︰相手に対し楽しみや安らぎを与えんとする友愛の心。 悲無量心︰相手の苦を排除しようとするあわれみ、いたわりの心。 喜無量心︰相手の喜びを妬まず、共に喜ぶ心。 捨無量心︰好き嫌い…
無垢(むく):無染(むせん)、清浄にして染汚の無いこと。また無漏ともいう。 有垢(うく):有染(うせん)、無垢でないこと。 染汚:せん‐お‥ヲ【染汚・染汙】. 〘 名詞 〙; ① けがれること。けがすこと。汚染。 煩悩で清浄な心をけがすこと。また、煩悩…
十二因縁(じゅうにいんねん):十二縁起(じゅうにえんぎ)、因縁とは『これが在るためにあれが在り、これが無ければあれも無い』という原因と結果の連鎖をいう。われわれの身心は、この十二因縁を理解することにより『空』ないし『無我』であると知ること…
古くは天動説が有力とされ、アリストテレスは天動説を支持していた。しかし、ケプラーやコペルニクスやガリレオが地動説を肯定するようになったのは、実験結果による判断であったとされる。太陽を中心に地球が自転と公転を繰り返すという地動説が有力になっ…
下人は饅頭の濃厚な味わいとお菓子の触感に興奮した。 私は下人が喜んでくれたことが嬉しかった。 私の歓感は、下人の幸福にある、と思った。 下人は「こんな美味い飯があるなんてなあ」と零した。 私は、私もお菓子は絶品であると思った。 下人は絶品という…
・眼に入った光は、網膜を通過し、深部に位置する視細胞によって感受される。 これが視覚野による知覚である。 視界に映る、という表現は、眼に入った光が網膜を通過し、深部に位置する視細胞によって感受されるときに用いられる。 フッサールの射映=アスペ…
アリストテレスは有は様々な仕方で現れると考えた。有の四重化について以下のように考えた。 1.偶然的に有るもの 2.真と偽という意味で有るもの 3.カテゴリーという意味での有るもの 4.デュミナス(可能態)とエネルゲイア(現実態)という意味での有るもの アリ…
下人は饅頭を美味しそうに頬張っていた。 夢中に、という言葉があるが、それはこのことだと思った。 私もお菓子を美味しくいただいた。 下人も、まだ余りある駄菓子を食べたそうに見た。 私は、「この駄菓子を食べたいようですね」と言った。 下人は、これも…
私は、「その饅頭とこのお菓子を頂きましょう」と笑顔で言った。 下人は申し訳なさそうに、「いいのかい、助かるよ」と微笑んだ。 私は奥にあった飲み物とお茶と饅頭等を買うことになった。 店員は、こんなに買ってくださり光栄です、と微笑む。 私は、「こ…
思考と存在との同一性における惹起として、ヘーゲルは次のように意見する。「思考の現実性が、あるいは、思考の暴露性が伝達されるときにおいて、内的思考の中身が考慮されながら存在との統一を推しはかる限りにおいて、同一性という概念を持ち出すに至る」…
私は、「青森県に一緒に生きますか」と下人に尋ねた。 下人は、「いや、待ってくれ」と静かに言った。 下人は、「お腹が空いている」と恥ずかしそうに言った。 私は、少し心配になって、「饅頭でも出しましょうか」と訊いた。 下人は、「饅頭でもいい、美味…
感性的判断における、非意識的な感受というものは、しばしば精神を疲労させる。誰も能動的に感受しているときに受動的な知覚へと変更することを望まないはずである。このことにより、私は感性的な側面における能動的感受ではなく受け身の感受を分析すること…
好きな遊びは何だろうね、と赤子に尋ねる質問がある。仮面ライダーが欲しい、と男の子はよく言う。仮面ライダーごっこをするのが好きなんだろう。いや、仮面ライダーごっこをやりたいと欲動があるのであろう。仮面ライダーを買ってあげたい今日です。
身体を健康に保つことを目的とする理由に三つが考えられる。 1.健康に気を遣うことを説明された 2.健康を損なって健康を大事にするようになった 3.最初から健康を重視していた 1と2の場合がよくあるパターンで、3は珍しい。
人格の形成にあたって、行為や思惟という経験が関わってくることがまずある。人格を尊重するが、どう扱えば人格向上になるか誰も弁えていない。みな人格について無知なのである。行為にせよ思惟にせよ、何が人格に結びつくかを知らない。しかし人格がいいわ…
言葉で切り取ることのできない事柄を沈黙の中からひたむきに見出すことを哲学探究とみることができるであろう。 この一説を念頭に置いていただきたいと存じます。 言語で経験したことを語る、という際に、言語では説明できない部分というものが気がかりとな…
ベルクソンはしきりに直観という語を使用し、分析的判断という次元と一層異なる上位の次元から世界を見渡そうと試みるところが高く評価されうる由来となるのに対して、デカルトの方法序説の四段階の思考法とは一線を画したものが一向に高く評価されえていな…