★話さなくてもわかるもの
ストリートファイターで対戦するやり方は話を介さなくても、あるいは説明書を読まなくてもおのずと理解できるであろう。
大乱闘スマッシュブラザーズはゲームキューブやWIIで遊べるが、これらも言葉を介さなくてもやり方は理解できるであろう。
ハサミの使い方、のりの使い方は極めて簡単である。これは見ただけでわかったという事柄に関するものである。ハサミは右手で持って丁寧に物は切ればいい。のりはベストな地点を塗ればいい、という具合に簡単なやり方である。
鉛筆はちゃんと持って書けばいい。ボールペンも丁寧に書けばいい。消しゴムは使い方を教わるといいかもしれない。消しゴムは力を込めてぐっぐっと丁寧に消すといい。
美人の顔というものも見たらわかるであろう。焚火というものも見たらわかるであろう。ムーンウォークというものも見たらわかるであろう。観覧車というものも見たらわかるであろう。トイレというものも見たらわかるであろう。落ち葉というもももおそらく見たらわかるであろう。三つ葉のクローバーというものもおそらく見たらわかるであろう。遊戯王カードというもの、ポケモンカードというもの、は見たらわかるであろう。時計もそうであり、椅子もそうであり、マスクもそうであり、パソコンもそうであり、携帯電話もそうであり、テレビも見たらわかるであろう。
これらは認識形式にすでに私たちの頭にプログラムされており、三角形はこうだという認識形式や円はこんな感じだという認識形式が認識形式の中に搭載されているのであろう。椅子の認識形式があるからこそ椅子がわかる、という見方もあります。
カントは判断力批判を著しました。が、「正読み」という行使も考えられます。
「正読み」によって、物事を判断することが可能であれば、物自体はないと読めるでしょう。「物事を読めばわかる」という発想がここに立ち現れます。