5.552 我々が論理の理解に必要とする「経験」なるものは、何かがしかじかとなっていることではなくて、何かが在ることだ。だが、これはとにかく経験ではないのだ。
論理はあらゆる経験――何かがそうあること――に先行する。
それは如何にに先行する。何にではない。
「それは如何にに先行する。」という命題はどういう意味であろうか。
そのあとに「何にではない。」と釘打たれるが、如何ににとは、事態的な感じのする言葉である。
何にとは物を想定しているらしい。物に先行されるのではなく、「何かがそうあること」にも先行する、という命題がウィトの見解である。
そうはいうものの、「だが、これはとにかく経験ではないのだ。」という命題は詭弁であろう。経験を話として持ち出しているのに、経験ではないのだ、とは嘘をついているのではないか。
「我々が論理の理解に必要とする「経験」なるものは、何かがしかじかとなっていることではなくて、何かが在ることだ。」
という命題の「何かがしかじかとなっていることではなくて、」という命題は変哲である。何がしかじかとなっていることでもいいと考えられる。何かが在ることというのも変哲であろう。