ドゥルーズ 差異と反復

ドゥルーズの提唱する内在平面は、内にある道徳律をも含んでいる。

カントの道徳律に触れてみたい。

(「内在平面としての道徳律」)

 

道徳律として私は天の星の生い茂ることを想うとき、幸せだ。

 

この幸福である尺度が内在的なのであり、暴力で打ち消すこともできないのだ。

 

自分の所有物を失っていたある方は、心の想いだけは打ち消すことができないと悟ったケースがある。

 

(「永劫回帰」)

永劫回帰が起こったとして差異のある出来事で溢れかえるということが想像される。

しかしその差異性の一義性というのも一説ある。すべての素粒子は反復され、再び同じ出来事を繰り返すのである。存在がそのときその場所で同じ形をとることを存在の一義性と称揚する。

 

(「差異性」)

 

区別・差別・分別、はどれも別けるの別という字を有する。区別は認識で区別することであり、差別は行いでもあり、分別はせいりして別けることであろう。差異もせいりして別けることが可能であり、同一性の危険性を差異によって分断することが可能である。

 

分別心という間違った立て分けをするものもあり、そこに差異化が見出される。この誤った差異化による弊害を反省という仕方で克服することが懸念されうる。誤った見解を捨することが反省による展開である。