デリダは「差延」という言葉を遣い、差延を語でも概念でもない、と書いた。
語でも概念ではないというのは、一番初めに違和感を覚えるであろう。語でもなく、というのに『語として』差延という言葉があるではないか、と考えてしまう。
しかしデリダの謂いたい差延とは、語ではなく、『延期する』といった出来事を指すのである。
では『延期する』という出来事とはどのようなものなのか。主人と奴隷がいるとする。主人がいて奴隷が初めて出来るが、奴隷がいないと主人もいない、という事態になる。この両者を結ぶ線である⇔を延期と呼ぶ。主人⇔奴隷という枠組みが差延である。
デリダはドゥルーズの差異という語を見つめつつ差延について想起した。差延についてはこれでまた。