過去の延長線上に未来はある

デリダ風に言えば、過去の痕跡が現在を奮い立たせ、現在の痕跡が未来を奮い立たせていく、そんな純粋活動をしてみたいのだ。

 

原因と結果の法則という因果論もあるが、一般的のイメージとしては原因が生じた後、しばらく経った後に結果が出るというものがある。

 

人に悪口を言うと自分に何か返ってくるイメージを持つ方は心がピュアであることがある。

 

そういう小さなイメージアップが人生を補填していくことになる。

 

デリダ風に言えば、痕跡を大事にせよ、ということなのだ。

 

小さなイメージの集合態が私であり、そのイメージの私や彼の集合体が私たちである。

 

愛してる、と口に出したほうがいい、とピュアな人は思いつく。

 

過去はしょうがない、というけど過去を気にしてたっていいんじゃねえの、と口が上手い方は思いつく。

 

殺してはならない、とは言い切れない場合がある、と丁寧な方は思いつく。

 

殺してはならないという方便でいい、と方便者は思いつく。

 

元気があれば、何でもできる、とは嘘っぽいと普通は思いつく。

 

神がこの世界を作ったということを信じる者は、すべて本当だと信じている。

 

嘘を経験するわけがないと信じている。だから嘘を考えることもない。

 

元気があれば何でもできる、という言葉は本当であると考える。そういう嘘を考えることはない。