現代哲学②

りんごをこれだ、といったきに、これとはどういうことか、という課題があった。

赤い表面を有するこういうりんごがこれだ、という言い方もあるであろう。

 

しかしりんご自体はどういう定義で『りんご』と決めつけるのであろう。

 

りんご農園で採れたから『りんご』と呼ぶ、というのでは根拠が薄いようにも感じる。

 

『りんご』を『りんご』たらしめる根拠は何なのであろう。りんごに見えるから『りんご』だ、というのも、根拠が薄いようにも感じる。

 

りんごの幻覚を見て、りんごに見えるけれど『りんご』ではない、という事態もあることが想定されてもおかしくない。

 

りんごはチョンと枝が出ている、という風潮があるが、チョンと枝が出ているから『りんご』なのだ、という意見はなかなか含蓄がある。

 

ちなみに赤い表面のある果物だからりんご、という言い方があるが、緑色のりんごもあるため根拠が薄い。