第302回投稿記念〜デカルトの神学論〜

ルネ・デカルトは近代哲学の祖とされ、方法序説においては分解・分析方法の考案を打ち立て、すべてを疑うことを覚悟した。

 

デカルトは「われ思う」ばかり考えていたが、外から「ゆえに」という発言ばかり聞いていた。そのとき「われ思う、ゆえに」という一説を練り上げた。デカルトは「ゆえに」を聞いてなかったらデカルトの第一原理は見出だせなかったと後に感想として出している。偶然の境遇が成功の原因となることもあり、偶然性の要素が成功の要素となることも多大にあり得ることもある。

 

私はキックボードで動いていると転倒してしまい、傷付いてお医者さんに頭蓋骨の映像を見てもらったことがあった。頭蓋骨は太い円滑であった。私は頭蓋骨に自信を持つようになった。この怪我したけれど万事塞翁が馬をして、お医者さんから「偶然だね」と言われた。デカルトにも怪我して偶然的に面白い出来事と遭遇することがあったと私は思う。

 

デカルトは神学を勉学し、信仰にも厚かった。神は無限性の存在であり、被造物を創造された、ということを信仰した。神は慈悲深く、デカルト自身も慈悲深くありたいと願った。神は努力する者を優遇する、ということや、神は勇者に微笑む、ということも考えた。神は素晴らしい存在であり、すべてを見通していると考えた。