存在とは現象していたり、認識したり知覚したりしているもの。
判断や経験をする主格となっている本体。
純粋存在と物自体の存在は重く区別される。純粋存在は認識が不可能とは定まっておらず、物自体の存在は認識が不可能であると定まっている。
ショーペンハウアーは意志を物自体と判断したが、意志は存在というか神秘的な何かである。
物自体の存在とはうってかわって『物自体』と記述するものとしての意志がショーペンハウアーに見出されたものである。
これは認識によっても見出すことのできないもの=意志 という物自体である。
物自体の存在の場合、キャンパスに色を混ぜ合わせて中身は物自体の存在ではないかと提起することがまずひとつある。
しかし物体を貫通する機械を使用すれば中身がどうなっているか精査できることも考えられ、物自体の存在より物自体の方が不明瞭であることが懸念される。
物自体の存在というのは把握されない色としての存在であることも懸念される。この色を精査できないかぎり謎は残るはずである。