現代哲学⑤

視覚化された諸対象をわれわれは吟味することなく、特に理由もなく目線を外す。

 

森林地帯の近くを車で通るとき、われわれは森林に目をやる。どんどん過ぎそうな森林を見ていく、これが森林地帯を見たいという動機からの行為である。

 

パソコンで文章を読んでいく、それは情報を知るために、あるいは記憶するために行う。しかし読むたいから読むという純粋動機が要となります。ただしたいからする、これが純粋動機である。

 

しかしながら、われわれは視覚化された情報を集中することもなく、あちらこちらに焦点を当ててしまう。この分散視点で過ごす現代人がいかに多いことか。分散視点で過ごすことでひとつの有難みを持たずに甘く過ごしてしまうこともある。

 

禅で言えば、無の集中をすることが自身のためになる。現在にないものを未来から来ることはたしかにそうであり、未来から現在の一瞬を通過したものが過去の蓄積となる。過去も現在も未来もひとつに集中すること、とどのつまり集中力を持つことが現代に必要な力能なのである。