『人間本性論』➁ ディヴィット・ヒューム

印象を抱く瞬間、像というものが勢いよく現前することがある。この像というものを観念と称すると考えることができる。すなわち、観念が勢いよく現前してしまうことが現象として加味されるのである。

 

・勢いよく、という観念はどのような内容か

 

勢いよく現れる、という事柄とは、何かが勢いよく現れる、という解釈が可能であり、その何かが真っ先に現れる、という解釈も可能である。真っ先に現れるが、その前後においては何かの印象や観念があったかなかったかも考えるのがフッサール現象学的思考である。フッサールは、自分の見たもの、印象や観念を細かく分析することを選んだ現象学の祖である。フッサールは、エポケーによる純粋判断を考案したことでしられる。

 

・印象の類似性

 

印象が類似することは、類似した存在物同士をみることから発見しうる。印象が類似しているとき、「両者が類似していると観念に起こる」ことが第一観念である。類似している二つの印象があるとき、それら両社が<私の中では>類似していると思われ、あるいは<私の中では>同じであると思われる場合があったのである。