人間本性論③ ディヴィット・ヒューム

印象を記憶に保持して他者の共通感覚へアクセスすると、共感という事象が起こる。

 

自己が他者のマラソンの走りの高揚感という共通感覚へアクセスすると、自己にその高揚感が伝播され、共感という事象が起こる。

 

印象というのはものを見たとき、感じたときの心の中の印象である。その印象をもって観念というものが出来上がる仕組みがある。

 

印象︰マラソンを見て早く走っているという印象受ける。

 

観念︰その印象から、頑張ってるなという観念が起こる。

 

共感︰自己の頑張って走った経験を思い起こして、頑張ってると共感する。

 

頑張ってると共感することは自身の経験においてそれと同様の経験を基盤とし、同様といっても類似経験を含むことも懸念されうる。類似経験のさいにこの経験と何らかのつながりである事象を拵えて記憶に保持しておくと、類似経験という印象があったときに何らかのつながりであった事象を観念が目指し、共感という観念が生まれる。

 

忘却したことのある者で、ある言葉を忘却した者は、他者のある言葉の忘却という自身との類似経験を共感しようとしなくても共感できる。その言葉を忘却して不祥事へとつながった経験は、類似経験という印象があったときに、観念として想起される。共感ができなくても記憶に何らかの事象の観念があるならば、印象からその観念を引き起こすことも可能性があるはずである。