それならば偶然とはどういうものであるかといいますのに,偶然ということには三つの性質があるように思われるのであります。第一に何か有ることも無いこともできるようなものが偶然であります。第二に何かと何かとが遇うことが偶然であります。第三に何か稀れにしかないことが偶然であります。 (『偶然と運命』)
九鬼は偶然には三つの形式的内容があるとします。以前、仮言的偶然について触れましたが、『~的偶然』というものとは違った視点で試みられています。
何か有ることも無いこともできるようなものとはどのようなものでしょうか。
彼はサイコロの目を介して説明します。サイコロで3の目が出ることは、有ることも無いこともできる出来事だと彼は考えます。サイコロを六回振ったら一回ぐらいは1から6までのいずれかが出る確率があるという計算が可能です。サイコロを三回振ったら6分の3、すなわち2分の1の確率でいずれかの目が出ることが考えられます。
3が出ることも1が出ることも確率的には同じ確率です。サイコロを2回振ったら3や1は6分の2、すなわち3分の1の確率で出てくることが計算できます。もっと具体的に言えば、1,2,3,4,5,6,のいずれも同じ3分の1の確率で2回目にサイコロが投げられたときに出てきます。1の目が出てくることも、有ることも無いこともできる出来事であると彼は考えます。
何かと何かとが遇うこととはどのようなことなのでしょうか。
花屋さんに行ったら、旧友と出会ったり元仕事場の職員と出会ったりした。こういうことが偶然とされます。しかしながら、そもそもすべては偶然です。誰と出会おうと偶然であり、必然ではない可能性もあります。
何か稀れにしかないこととはどのようなことでしょうか。
稀れにしかないということは遇いにくいこと、そして可能性が少ない場合であると述べられます。しかし、すべては偶然であるので、稀れにしかないことではない、可能性が高いことも偶然と考えられます。