人間本性論⑦ ディヴィット・ヒューム

ヒュームは観念には感覚の観念と反省の観念があるという。感覚の観念とは、電気を付けたら視界が開けた感じになった、という観念がひとつ挙げられる。反省の観念とは、印象や心像が過去を悔やんだときや欲望を避けるべきと判断したときに起こりうると言える。ヒュームは感覚の印象や反省の印象は起こりえないと考えている。

 

心象としての観念が連合していくことがある。単純な観念は想像によって分離され、想像によって観念を呼び寄せ連合を生じさせていくこともある。この別の観念へと移らせるには、「類似」、時間的もしくは場所的「近接」、そして「原因と結果」の三つが挙げられる。

 

このような別の観念へと移りゆく観念は複雑観念と捉えることも可能であろう。

 

このような観念連合自体を「関係」、「様相」、「実体」とヒュームは区別する。

 

この観念連合を取得していくことにおいて、「関係」はどうか、「様相」はどうか、「実体」としての心像または想像態はどのようであるかを考えていくことになりうるのである。