(4) 増上縁 (ぞうじょうえん)🟧以上の三縁以外の、全ての原因として考えられるものを増上と言います。したがって、その含む範囲はすこぶる広いのです。🟧私の運命に、積極的に力を与える場合に〖有力(うりき)増上縁〗と、私の運命を妨げないことが原因になるという、消極的な場合の〖無力(むりき)増上縁〗の二種があります。🟧「有力増上縁」を「与力(よりき)増上縁」とも言い、現在の自己を積極的に支える縁の力。🟧「無力増上縁」を「不障(ふしょう)増上縁」とも言い、現在の自己の状態に対して、邪魔をしない消極的な縁の力。🟧積極的に現在の自己を支える縁の力も無限としか、言いようがないが、「不障」の縁の力になると、更にまた無数無量の果てしない縁の繋がりを推測せざるを得ない。🟧『成唯識論』は「順と違とある」と説く。「順」とは、現在の自己に対して、積極的に働く縁の力であり、「違」とは、現在の自己が持続するのを遮る縁の力である。🟧「四縁」の中の「増上(ぞうじょう)縁」について『成唯識論』には「順」と「逆」で教えている。🔶増上縁という言葉は、大願業力を増上縁とするとか、阿弥陀仏を増上縁とするとか、浄土真宗でも、よく使われます。🔶一番分かりやすいのは、因となる縁を「因縁」〖因即縁〗と言います。【唯識学では、因縁といえば、種子と現行のみを言う】🔶因を果にならしめるもの全部を増上縁という言い方が出来る。🔶縁の中に増上縁は、力が強いという意味がある。🔶増上(ぞうじょう)、漢字の意味から見ても、分かると思います。「増す、上に」🔶因を果にたらしめるものが、縁なので、ここに増上縁というのがある。🔶その中で、一般的に言われているのが二種類ある。それが、与力(よりき)〖有力〗増上縁と、不障(ふしょう)〖無力〗増上縁である。🔶与力とは、積極的に物事を成り立たしめる働きをいい、不障とは、そのことを起こることを妨げないこと。🔶たとえば、ここに今、聞法会を設けている。色んな因縁がある。電車で来たとか、お金を出して来た、とか、歩けたとか、色々な縁がある。これは与力増上縁です。🔶不障増上縁とは、大地震が起こらなかったとか、電車が止まらなかったとか、病気にならなかったとか、聞法を妨げるようなことが起こらなかった、というのも縁として考える。🔶この地球が存続し続けたことも縁で、その間に隕石が地球に衝突して、爆発しなかったことも縁なのです。🔶あることないこと一切が縁、それが増上縁です。その中で、順とか逆とか言われるのは、これは多分、善悪業に関係しているように思います。🔶【成唯識論】に善悪の定義がある。これに順益と違損とある。🔷「善とは、此世(しせ)他世(たせ)に自他に順益(じゅんやく)するが故に、善と名づける」🔷「悪とは、此世(しせ)他世(たせ)に自他に違損(いそん)するが故に、悪と名づける」🔶自分にとって都合がいい、これは、善。🔶自分にとって都合が悪い、これは悪。🔶順とか、逆は、かなう、そむく。いろんな出来事について、順境、逆境がある。🔶都合の善いことが起きるのが善、都合の悪いことが起きるのが悪、どちらも起こってくる。🔶どちらも与力(よりき)、不障(ふしょう)の二義を持った増上縁で、順境も起こるし、逆境も起こってくる。