(解釈)
生と死、欲望と節制、善と悪、という二項対立を取り上げる。
生は生きるということであり、私たち人間はいつか死ぬと言われています。ハイデガーは死を一回性の出来事と捉えました。
欲望を正しく働かせると節制という徳になるというギリシャ哲学があります。
悪事を行うよりも悪事をされる方がいい、とは聖書に書かれているかもしれない。
・悪をなすより悪をされる方がいい、あるいは、悪をするより悪をされる方がまし
同じことを言っているのだと思います。
善は定義困難ですが、カントの善意志が善そのものであると言われています。
人を正しい方向へ導く善意志はダイヤモンドであります。次は善意志と悪意志の併合した概念を語ってみたい。
ゴミをゴミステーションに捨てに行くときに家族のために捨てる善意志と外で利己的に遊びたいという悪意志が交錯することがあるかもしれません。
この入れ混じった感情・意志を私は意志の交錯と称します。
自己意識においても善意というものも働きます。自己意識は善意があるんですよ、とは、ヘーゲルいい、という内容がある。