この世界の個々の見え方を射映(アスペクト)とフッサールは称する。射映は眼で見えているものであって、色覚性というものが加味される。
盲目の人には頭の中で射映が齎される。この際、脳内で色覚性が特殊な形で射映されるという奇跡的現象が魔法によって起こることも誰かにとっては思案のうちにあるのである。
色覚を精確に作用しても見えないドクサ(臆見)は、エクステーメーで庇わなければならない。ドクサは経験や思考で補うことができるか、という問いは、エクステーメーを手にする諸段階だから思案するのである。
★ドクサの誤解
ドクサという語に信憑という意味をあたかもあるかのように語る方がいるが、本来は信憑という意味はない。ドクサは臆見という意味しかない。