カントの物自体の存在と新哲学の事自体

カントは理性でも感性でも把握することのできない物自体の存在があることを説いた。

 

われわれの認識においても、赤いりんごを赤く見えない盲人がいるように、物自体の存在の性質を認識できていない可能性がある。猫の視点ではきゅうりを緑色ではなく赤色に見えるように、猫はきゅうりが緑色の表面をしているのに誤視しているのである。

 

カントはわれわれの理性や感性には限界があることを示した。

 

新哲学では事自体が探求されるようになるのかもしれない。

 

神の考え方や宇宙の果てはどうなっているのか、という事自体が謎だったからである。

 

神の考え方や神の住居はどうなっているのか、われわれは探求する余地を感じずにはいられない。

 

無限の昔、すなわち遥か過去においてはどのような生命体が存在していたか、という課題が残るが、それもそのはず、恐竜や宇宙人の存在も少なからず謎が残っている。